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うきうきを追求する。信長編。

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楽しみを追求する。信長編。

そうか、とにかく、実物を見なくちゃ分からない、
ひとつ、バカ聟をよびだして、なぶってやろう、と、

色男の悪党ジジイがニヤニヤ思いついて、
何月何日、富田の正徳寺で会見致そうと使者をたてた。

そのとき、信長、十九である。
聟をだましてヒネリ殺すぐらい
平気の悪党ジジイのやることであるが、
信長ちツとも、こだわらない。

即座に承知の返事をした。

道三は、バカか、バカでないか、
実物判断というのが、そもそもの着想であったが、
みんなタワケの大バカ野郎と言いたて、
きめこんでいるから、

彼も自然、バカ聟をからかってやれ、
という気持ちが強くなった。


道三は富田の正徳寺へ先着しわざと
古老の威儀いかめしいオヤジどもの侍ばかり七八百人、
いずれも高々とピンと張った裃、袴、いと物々しく、
お寺の縁へズラリ並ばせた。

礼儀しらずのバカ小僧が、この前を通りかしる。
物々しいシカメツ面の大僧ばかりが、
目の玉をむいて、ズラリと威儀をはって居流れているから、

バカ聟も仰天しやがるだろうという趣向であった。

こうしておいて、道三は町外れの小さな家にかくれ、
そこからのぞいて、信長の通りかかるのを待っていた。

信長のー行がやってきた。
サキブレにつづいて、お供が七八百、
それに三間半の朱槍五百本、
弓と鉄炮五百挺、いずれも、しかるべき立派なものだ。

ところが、バカ聟が、ひどすぎる。
かねて噂の通り、
人の肩につるさがって瓜を食いながら城下を歩いている時と、まったく同じなのだ。

頭は例のフンドシカツギである。
萌黄のヒモで髪をグルグルたばねてある。
裃や袴どころの話じやない。

ユカタの着流しで、おまけに肌ぬぎだ。
腰の大小はシメ縄でグルグルとまいてあり、
肌ぬぎの腕にも縄をまきつけて、これが腕貫のつもりらしい。

腰の周りに、火打ち袋ヒョウタン七ツ八ツぶらさげ、
ちょうど猿廻しである。

乗馬の心得で、
虎の皮と豹の皮を継ぎまぜて造った半袴をはいていた。

この一行が信長の休憩にあてられた寺へはいると、
道三はバカの正体見とどけて、何食わぬ顔、自分方の寺へもどった。

ところが、道三も一パイくわされてしまったのだ。
道三ばかりじゃなかった。信長の家来がキモをつぶした。

休憩所ヘはいると、すぐさま屏風をひきまわして、
信長は立派な髪にゆい直し、
いつ染めておいたか秘書官の太田牛ーもしらない長袴をはき、

これ又誰も知らないうちに拵えた小刀をさし、
美事な殿様姿で現れたものだ。

お供の面々、誰一人、今まで夢に見たこともない姿であった。

信長はスルスルとお堂へすすんだ。
緑を上ると、さア、こうお出でなさいまし、
と案内の侍臣が奥をさしたが、信長は知らぬ顔、

目玉をむいた大僧どもの
陳列然と居流れる前をスーと通りぬけて、
緑側の柱にもたれてマヌケ面である。

信長がしばらく、柱にもたれていると、
道三が屏風をおしのけて、出てきた。
道三も知らんフリをしている。

侍臣が信長に歩みより、
こちらが斎藤山城殿でござります、というと、
柱にもたれた信長は、
「デアルカ」
と言った。


それから敷居の内へはいって、
道三に挨拶をのベ、ともに座数へ通って、
盃を交し、湯づけをたべ、
いと尋常に対面を終わり、
又、あいましようと云って別れた。

道三は二十町ほど見送ったが、
信長方の槍が自分方より長いのに興をさました様子で、
信長と別れてからは
ウンともスンとも言わなかった。


黙々と歩いて、アカナヘという地名の処へきたとき、
猪子兵介が道三に向って、
「どうですか。やっぱり、あいつ、バ力でしようが」と言うと、

「さればさ。無念残念のことながら、
今にオレの子供のバカどもが、
信長の馬のクツワをとるようになるにきまっていやがる」
と道三は答えた。
彼の仏頂ヅラは当分とけそうもなかったのである。

彼はトコトンまで信長に翻弄されたことを知った。
自分の方が飜弄するつもりでいただけ、
その後味はひどかった。

道三は信長の人物を素直に見抜くことができたが、
信長の家来どもは素直ではなかったから、
彼らには、やっぱり主人が分からなかったのだ。

彼らは信長の殿様然たる風姿をはじめて見て、
さては敵をあざむくための狂態であったかなどと考えて、
然し、それで、主人の全部をわりきることも出来なかった。

敵をあざむくためなどと
信長はそんなことは凡そ考えていなかった。
彼は人をくっていた。
人を人とも思わなかった。


世間の思惑、世間ていは、間題とするところでない。

フンドシカツギのマゲが便利であっただけで、
又歩きながら、瓜がくいたかっただけのことだ。

立派な壮年の大将となっても、
冬空にフンドシ一つで、短刀くわえて、
大蛇見物に池の中へプクプクもぐりこむ信長なのである。

論理の発想の根本が違っているから、
信長という明快きわまる合理的な人間像を、
その家来たちは、いつまでも
正当に理解することができなかったのである。
引用元
織田信長
人間関係や、生きるか死ぬかよりも、
戦い方を工夫したり、
未知のものを探ったり、
人間関係の中にも
芝居がかったことをしてみるとか、
どんな状況をもわくわくできないか。
楽しみをひねり出せないか?
楽しかったら、後はおまけなんではないのか?

(「正解するカド」 Shindou x Saraka kiss scene)

(「いぬやしき」サイコパスが超能力を持ったらこうなる?)

(「キンクコング」エンパイアステートビルの空中戦。ナオミワッツとの別れ。)

(初号機が使徒を喰って、拘束具が外れる。TV版)

(「初号機が使徒を喰って、拘束具が外れる。TV版」が映画版ではこうなった。)

(「キングコング」コングが怪獣の舌を噛み切る。)

(巨神兵、東京に現る。)

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うきうきを見つけた生き方。信長編。

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楽しみを見つけながら生きていこう。信長編。

信長は野良犬の親分みたいに、野放しに育った男だ。
誰のいいつけもきかず、
マネもせず、勝手気ままを流義にして、
我流でデツチあげた腕白大将であった。

腕白大将という奴は、
みんな天下ーというようなことを、いと安直に狙う。

丹波の桑田郡穴太村の長谷の城守、
赤沢加賀守が関東へ旅をして鷹を二羽もとめて、
帰途に清洲の信長を訪ねて、
お好きの方を進上するからー羽とってくれと云うと、
信長は喜んで、ヤ、こころざし至極満足じゃ、
貰うぜ、天下をとるまで預っておく。
お礼はいずれ、その折に、と言った。

田舎小僧め、大きなことを言っていやがる。
と人々は大言壮語をおかしがったが、
信長そのとき二十八だ。

天下布武という印章をつくって愛用し、
天下一の情熱を日常の友としているが、
その野心は彼に限ったことではない。

天下ーの野心ぐらいは、餓鬼大将は誰でも持っているものだ。
けれども、自信は、それにともなうものではない。

むしろ達人ほど自信がない。
怖れを知っているからだ。
盲蛇に怖じず、バカほど身の程を知らないものだが、
達人は怖れがあるから進歩もある。

だから、自信というものは、自分でつくるものではなくて、
人がつくってくれるものだ。
他人が認めることによって、
自分の実力を発見しうるものである。

このように発見せられた実力のみが自信であり、
野心児の狙いやウヌボレの如きは何物でもない。

信長は我流でデツチあげた痛快な餓鬼大将であったが、
少年時代に、短槍の不利をさとって、
自分の家来に三間半の長槍を用意させたほど
用心ぶかい男であった。

つづいて鉄炮の利をさとり
主戦武器を鉄炮にかえた。
これが彼の天下統ーをもたらしたのだが、
要心と見識の裏にあるものは怖れの心だ。

恐らく、怖れの最高、絶対なるものである。
かかる信長に、三度や四度の戦勝が、
まことの自信をもたらしてくれるものではない。

信長には持って生れた野育ちの途方もないウヌポレがあった。
それと同量の不安があった。
このウヌボレをまことの自信に変えるためには、
不安と同量の、
他人による、最高、絶対の認められ方が必要であった。

信長の家来たちは、餓鬼大将が、
どうやらホンモノの大将らしいところもあると思ったが、
半信半疑なのである。

清洲から五十町ほどの比良の城の近所にアカマ池というのがある。
蛇池という伝説があり、
三十町も葦の原ツパのつづいた物怖しいところである。

正月中旬というからまだ寒い季節であるが、
安食村の又左衛門という者が暮方アカマ池の堤を歩いていると、
一抱えほどの黒い胴体が堤の上にあり、
首は堤をこえて池の中へもぐっている。

人音に首をあげたのを見ると、
鹿の顔みたいなものに目玉が星のように光り、
紅の舌がこれも光りかがやいて、
ちょうど人間の掌をひらいた片腕みたいにチヨロチヨロ燃えでている。

驚いて逃げて帰った。
十日ほどして、この話が信長の耳にきこえた。

直ちに又左衛門を呼んで話をきき、
その翌日、近隣五ヶ村の百姓を召集、
数百のツルベをならべて
アカマ池の四方から水をかいだしたが、
四時間ほどかかっても、ヘリメが見えない。

では、よろしい、オレがもぐって見て来る、と、
フンドシひとつになり、
御苦労様につめたい水の中へ、
口に脇差をくわえて、もぐりこんだ。

まんなかへんで、一生ケンメイ、
ブクブクもぐってみたが、蛇にでくわさない。

オレじゃア、もぐり方が足りないのかなと、オカへあがって、
鵜左衛という水泳の達人に、おまえ、もぐってみろ、
やっぱり蛇にぶつからないので、
ヤレヤレ、おらんじゃないか、と
清洲の城へひきあげた。
これが二十九の信長だ。

こういう実証精神は信長の持ち前である。
ワリニャーニのつれてきたエチオピヤの黒人を
ハダカにして洗わせて真偽をためしたり、

無辺という廻国の僧が
、生国無辺と称し不思議の術を施すときいて、
呼ぴよせて化けの皮をはいで追放した。
追放後も婦女子をたぶらかしたことをきいて、
国々へ追手をかけてヒツ捕えて切り捨てた。

人間の妖術の化けの皮ははぐことができたが、
当時にあって怪獣、大蛇の存在は、
信長としても否定のできる筈はない。
否定どころか、むしろ存在を信じていたから、
見たくなって飛び込んだ信長であったに相違ない。

その旺盛な好奇心、実証精神は話の外で、
まったくイノテガケであり、
人にはやらせず、
まず自分がフンドシ一つに短刀くわえて
ジャブジャブ冬の水中へもぐりこむとは、
見方によりてはキチガイ沙汰である。

いわゆる日本流の大名や大将のやることじゃない。
家来や百姓は、イノチガケの凄惨に舌をまいて
怖気をふるったかも知れないが、
信長の偉さの正体は半信半疑で、
わからなかったに相違ない。


二十九といえぱ、もう老成した大人というのが当時の風であるのに、
この大将は五ヶ村の百姓に水をくませて、
水のヘリメが見えなくて、それではと、
自分ひとりフンドシ一つで水中へもぐるのである。

これも、二十八の年である。
にわかに八十人の家来をつれて、京都へ旅行した。
なんのための旅行だか、誰にも分らない。

四隣はみんな敵である。
よきカモよござんなれ、
と岐阜の斎藤が数十名の刺客に後を追わせた。

たまたま、これに気付くことができたから、
信長は刺客の泊っている京都の宿屋へ
ノコノコでかけて行って、

汝らの分際でオレを殺せるつもりとはバカな奴らめ、
今、とびかかって刺しに来てみよ、
と云って睨みつけた。

刺客どもは顔色を失い、
ふるえあがってしまったが、


京童はこれをきいて、
大将のフルマイとは思われぬという者と、
若大将はこれだけの血気がなくては、という者と、
二派の批評があったそうだ。

信長は京都、堺を見物していたが、
雨降りの払暁、にわかに出立、
昼夜兼行二十七里の山径をブッとぱして帰城した。

この理由も、家来の誰にも分らない。
ひきずり廻され、
アッと驚かされてばかりいる家来どもにも、
ウチの大将は偉いのか、半キチガイの乱暴者にすぎないのか、

信長が三十になっても、
まだ確たる見当はつかないのだ。
引用元
織田信長

生きるか死ぬかの中に、
うきうきわくわくするものはないか?
戦い方を工夫したり、
未知のものを探る中に、
うきうきわくわくするものはないか?
人間関係の中にも、
うきうきわくわくするものはないか?

どんな状況をもわくわくできないか。
楽しみをひねり出せないか?

楽しかったら、後はおまけなんではないのか?

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信長の思考を解読する。  

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信長の思考を解読する。 

もとより、信玄にとっても、
信長は大いに疑間の大将であった。

彼は天沢の話から、果して正確な信長像を得たであろうか。
天沢の話は、たしかに信長像の要点にふれていた。

信長の独特な狩の方法、信長が好んだ唄、
信長を解く鍵のーつが、たしかにそこにはあるのである。

それを特に指定して逐ー聞きだした信玄が、然し、
今日我々が歴史的に完了した姿に於て信長の評価をなしうるように、
彼の人間像をつかみ得たか、

然し、信玄には信長を正解し得ない盲点があった。

自らー人フンドシーつで大蛇見物にもぐりこむような好奇心は、
然しそれが捨身の度胸で行われている点に於て、

信玄も舌をまき、決して軽蔑はしないであろう。
けれども、それは信玄にとって所詮好奇心でしかなかった。

世に最も稀な、最も高い、科学する魂であること、
それが信長の全部であるということを、
信玄は理解することができなかった。

蛇に食われて死んでもよかった。
武士たる者が、戦場にはるべきイノチを、
蛇にかまれて死ぬとは!

然し、絶対者に於て、
戦死と、蛇にかまれて死ぬことの差が何物であるか。

大蛇を見たい実証精神が高い尊いというのではない。

天下統ーが何物であるか。
野心の如きが何物であるか。
実証精神の如きが何物であるか。

一皮めくれぱ、人間は、ただ、
死のうは一定。それだけのことではないか。

出家遁世者の最後の哲理は、信長の身に即していた。
しかし、出家遁世はせぬ。

戦争に浮身をやつし、
天下ーに浮身をやつしているだけのことだ。

一皮めくれば、死のうはー定、
それが彼の全部であり、
天下の如きは何物でもなかった。

彼はいつ死んでもよかったし、
いつまで生きていてもよかったのである。

そして、いつ死んでもよかった信長は、
その故に生とは何ものであるか、
最もよく知っていた。

生きるとは、
全的なる遊びである。
すべての苦心経営を、
すべての勘考を、
すべての魂を、

イノチをかけた遊ぴである。
あらゆる時間が、
それだけである。
引用元
織田信長
生きていく中で、
どれだけ楽しみを発見できるかが、
自由の幅を広げる、
自由に生きてる実感を高める方法、
なんではないでしょうか?

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